2018年7月31日火曜日

東方閃電|全能神教会の御言葉「働きと入ること(1)」抜粋1

全能神教会の御言葉「働きと入ること(1)」抜粋1

全能神は言われた。「人々がいのちの正しい道を歩み始めて以来、不明瞭なままになっている事柄が多くある。人々は神の働きについて、また自分たちがなすべき多くの働きに関して依然として完全な混乱状態にある。それは、一方では人々の経験における逸脱と理解力の限界に起因し、他方では、神の働きがまだ人間をその段階に至らせていないからである。したがって、誰もが霊的な問題の大部分について曖昧なままである。あなたがたは自分が何に入るべきかについて不明瞭であるだけでなく、神の働きに関してはそれ以上に無知である。これは単にあなたがたの欠点の問題ではなく、宗教界の人間すべてに伴う大きな欠点である。ここに人間が神を知らない理由の鍵があり、したがってこの欠点は神を求める人全員に共通する欠点である。神を知るにいたった者や神の素顔を見た者は、今まで一人もいない。神の働きが山を動かしたり、海を干上がらせたりするのと同じくらいに困難になったのはこのためである。これまでに、神の働きのために自らの命を犠牲にした者は何人いるであろうか。神の働きのために世に捨てられた者は何人いるだろうか。神の働きのために死ぬまで苦しんだ者は何人いるだろうか。神への愛のために目に涙を溜めて、不当に非難されたまま死んだ者は何人いるだろうか。残酷で無慈悲な迫害を受けた者は何人いるだろうか……そのような悲劇が発生するのは、すべて神に関する認識が人間に欠如していることに起因するのではなかろうか。神を知らない者に、どうして神の前に来る面目があろうか。神を信じつつ、神を迫害する者に、どうして神の前に来る面目があろうか。こうした事柄は、宗教界に属する者だけの不備ではなく、むしろあなたがたと宗教界に属する者の共通点である。人々は神を知らないまま神を信じる。それだけが理由で、人々は心の中では神を崇めることがなく、心の中では神を畏れない。この流れの中でも、自らが想像する働きを仰々しく行い、自らの要求やあり余る願望に従って神の働きを行う者さえいる。多くの者が大胆に行動し、全く神を尊ばずに自らの意志に従っている。そうした状況は、人々の自分勝手な心の完壁な具現化ではなかろうか。そうした状況は、人々が有する過多なごまかしの要素を表しているのではなかろうか。確かに、人間は最も聡明であるかも知れないが、その才能が神の働きに取って代わることがどうしてありえようか。人々は神の重荷に配慮するかも知れないが、人間は過度に身勝手に行動してはならない。人々の行動は、本当に神聖なものであろうか。はっきりと確信できる者が存在し得るであろうか。神を証しし、神の栄光を受け継ぐことは、神が例外を設けて人々を持ち上げているのである。人々にそんな価値があるであろうか。神の働きは開始されたばかりであり、神の言葉は述べられ始めたばかりである。現時点において、人々は自らについて自信をもっているが、それは単に、自ら恥辱を招いていることになるのではなかろうか。人間の知識は遥かに少ない。最も才能ある理論家でさえ、最も雄弁な演説者でさえも、神の豊かさを全て説明することは出来ないのであるから、あなたがたが説明出来るのは、それと比べてどの程度少ないであろうか。あなたがたは、自らの価値を天よりも高くせず、むしろ理性に優れ、神を愛することを求める人々よりも低い者とみなすべきである。これがあなたがたが入るべき道である。すなわち、自らを他の誰にも遥かに及ばないとみなすこと。あなたがたが自らをそれほど高い存在であるとみなすのはなぜだろうか。あなたがたが自らをそれほど高く評価するのはなぜだろうか。人生の長い道中において、あなたがたはまだ最初の数歩を進んだにすぎない。あなたがたに見えるのは、神の腕のみであり、神の全てではない。神の働きをさらに見て、自らが入るべきものをさらに発見することは、あなたがたの義務である。なぜなら、あなたがたは殆ど変化していないからである。」

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