神が肉とされた時
彼は自分に与えられた
働きをもたらす
神が何者か現すため
彼は全ての人々に
真理をもたらし
いのちを与え行くべき
道を指し示す
神の本質を内に
秘めていないなら
どんな肉体でも
神の受肉ではありえない
神の受肉は神の本質と
神の性質と言葉と業によって
神の受肉と
真理の道を確証しなさい
彼の本質を注視しなさい
神の外見ばかりに
目を奪われるのは
無知で愚かなことである
内なるものを
外見では判断できない
神の業は人の思い
と一致するものではない
イエスの外見は
人々の期待とは
違っていたのではないか
彼の姿や身なりは
本当の姿を
隠していたのではないか
パリサイ人たちは
そのことが原因で
彼に
敵対したのではないだろうか
彼らはイエスの
外見だけに目を奪われ
イエスの発した
言葉には耳を傾けなかった
神の出現を求める兄弟姉妹が
歴史を繰り返さないことを
神は望んでいる
パリサイ人たちの例にならい
神をまた十字架に
打ちつけてはならない
だからよく考慮しなさい
再臨するイエスを
どう迎え入れたらよいか
どう真理に従うか
明瞭な意見を持ちなさい
それはイエスの再臨を
待つ全ての者の義務である
『言葉は肉において現れる』より
0 件のコメント:
コメントを投稿